GT1
量産されている車両 (公道走行可能なナンバー取得車両が1台以上)
同一メーカーのエンジンなら自由に選択可能
サスペンションは同一形式内で改造自由
最低重量1,000kg
1993年ルマン
GTクラスが設定され、ベンチュリー、ロータス・エスプリスポーツ300、フェラーリ348LMなどが参加。
ESPRIT SPORT300

別格な強さを見せたのがXJ220-TWRで、もともとジャガーのCカーのイメージを公道版スポーツカーにしたジャガーXJ220を、そのシルエットを活かしつつ中身をレースカーとして再設計し、そしてそのロードバージョンXJ220XWRを作ってGTカーとして登録した。
ルマンに出場し、カテゴリー4/GTクラスでみごと優勝したが、後に排気系の触媒を外していたことがレギュレーション違反と指摘され失格、無効となった。
JaguarXJ220

JaguarXJ220 TWRレースカー

JaguarXJ220 TWRロードカー
1994年ルマン
dauer porsche 962LM
グループCのポルシェ962を公道バージョンとして販売していたダウアー962LMは、ポルシェのGT1カーとして認められ、ポルシェがバックアップ。

他のGTカテゴリー車両では、ブガッティEB110、フェラーリF40、ポルシェ911RSRなど。

ダウアー962LMは、GTカーでありながらCカーを抑えてルマンで総合優勝することになった。
もともとCカーだった車を市販車両であるGT1カテゴリで出場するのはずるいという批判をポルシェは受けることになってしまった。
しかし、そもそもCカーとはスポーツカーのプロトタイプであり競技車両として大量に販売された実績の上に
そのストリートバージョンがきちんと作られて一般顧客の道楽にストリートで使うスポーツカーとして売られた実績に裏付けられており、ダウアー962LMこそがGTカーのあるべき姿としてレギュレーションが想定している王道を全うした車であるといえる。
1995年ルマン
最低重量が1,200kgに引き上げられたことで、元々850kgで設計しているポルシェ962に重量50%ものバラストを積んで耐久レースに出るのは危険ということで出場を控えるようポルシェはプライベーターに呼び掛けた。
シャシーをアルミハニカムからカーボンに変更して再設計することもできたはずだが、ポルシェは962LMを延命させることを望まなかった。
McLaren F1GTR
McLaren F1もロードカーから200kg近いバラストを積むことになるが、それでも他のGTカーに比べ競争力が圧倒的。
McLaren F1は高価な技術を使っているがレースは意識せず純粋なGTカーとして設計された車。
しかし、軽量・高剛性・低重心・ハイパワー・小投影面積という素性の良さに起因する戦闘力はレースフィールドでも段違い。
NISMO GT-R LM
ル・マン参戦のために1995年に開発された。一見ではツーリングカーに見えるがGT。

日本のツーリングカーレースが4ドアセダン車両ベースに行われることになり、スカイラインにはGTRというグレードを残す大義名分がなくなっていた。しかしスカイライン全体のイメージを上げ利幅も大きいGTRモデルをカタログに残すためには、参戦するレースが必要だった。
そこでGTカテゴリーでのレースで、日本一の次は世界一、3年計画でルマンでの勝利を目指すと日産は宣言。
ルマン応援ファンクラブまで作った。
市販車からの改造自由度が高くハンディキャップ制によって車種間の競争力をそぐ全日本GT選手権の中で上位にいたことが、世界でも勝てると誤解させた。
ルマン出場も市販車クラスではなく、改造範囲の広いGTクラスで出場したかったが、同一車種に4ドアが存在する車両はGTエントリーから除外する既定があり、スカイラインはルマンに出場資格がないと判明。
仕方なく日産スカイラインとは別のモデルで、NISMOというメーカーが作った独立車種として出場資格を得た。
別モデルでGT車両を作るにあたりV6やV8エンジンへの換装やミドシップ化も可能だが、販売イメージが離れるのを恐れ、直6フロントエンジンを踏襲。
しかし、当然のことながらツーリングカーベースの設計で競合ひしめくGTカテゴリーで勝てるわけもなく結果は振るわなかった。
1995年ルマンは、McLaren F1 GTRが上位を独占し圧勝。関谷正徳選手がドライバーとして日本人初優勝となった。
1996年ルマン
PORSCHE911GT1
ダウアー962LMでの批判をかわし、同時にマクラーレンにも勝てるGTカーを生み出す為、ポルシェはフロント部分をプロダクションモデルの911から流用しつつ、リア全体はCカー並みのミドシップのレーシングカーという新車両911GT1を投入した。

McLaren F1 GTRを抑えて、PORSCHE911GT1が勝利した。(1位はLMPクラスのヨーストポルシェ)
LOTUS ESPRIT GT1
LOTUSは、ESPRIT SPORT300の4気筒からV8に変えたGT1を発表。いかにも時代遅れの姿だが、スプリントレースでは予想外に活躍した。
耐久レースでは、もちろん全くダメだった。
1997年ルマン
ポルシェに対抗してメルセデスもGT1カーを投入。
こうしたGT1クラスを、レーシングカーでなくストリートカーとして一般顧客に販売できたのは、ポルシェとメルセデスだけ。
他のメーカーは、車検をとった後、系列の販売店や研究所に購入させて販売実績を作った
CLK-GTR

BMWは、エンジンを供給するマクラーレンをバックアップし、McLaren BMW F1 と名乗るようになった。
McLaren F1 GTR LM はプロダクションモデルとほぼすべての部品を共用しないEVOモデルを投入

日産もニスモGTRを捨てて量産車とは関連のないレース専用にTWRで設計したGT1専用車両を投入した。
TWR XJR-15を彷彿とさせるスタイルは、日産の商品との関連を感じさせない。
R390GT1

これに対しダウアー962LMでCカーの公道バージョンと批判されたポルシェは、こうしたレース専用車両の登場に対し逆批判を行った。
ポルシェ911GT1は、リタイヤとなり、GTクラスではMcLaren F1 GTRが総合2、3位に入りGTクラスで勝利した。(1位はLMPクラスのヨーストポルシェ)
97年にLOTUSは、ESPRITベースを捨ててエリーゼベースの新設計GT1モデルを出したが、活躍できなかった。
1998年ルマン
昨年に続き、各社から続々とGT1車種が登場。
TOYOTA GTone TS020は、93年にTS010を破ってルマン総合優勝したプジョー905のデザイナーが設計
エンジン・トランスミッションをボディと剛結しストレスメンバーとして使う設計だが、ルマンではトランスミッショントラブルが多発し勝利できなかった。
TOYOTA GT One

ポルシェも911ボディを捨ててフルカーボンの専用設計車両へ変更した。

結果は、ポルシェGT1が1,2,そして日産R390GT1が3位に入った。
ルマンの後アトランタのGT選手権で、翌年のCLK-GTR-LMの事故を予兆させる、レース中に空に浮かぶクラッシュ事故を起こしている。
1999年ルマン
GTカテゴリでは、TOYOTA GT One TS020が勝利。(1位はLMPクラスのBMW)
CLK-GTR-LMが、空に浮かぶ事故があり、GT1時代の終焉を印象付けた。